疑問(蕎麦を音立ててすすることについて)

 蕎麦を音を立ててすする習慣は、ラジオが出現したせいだという説を知りました。それまでは音を立てずに食べていたというのです。
『時そば』などで、落語家が音を立ててすすって、いま蕎麦を食べているんだなと想像させたと。
「蕎麦を手繰る(たぐる)」という言い方もその証左であると……。
 ふーん、そうなのか……となりましたが、どうも合点が行きません。

 まずラジオの件ですが、いま昔の落語をCDで聞いても、音が聞こえてこないシーンはけっこうあります。落語家が言葉を発せずに演じているときです。客の笑い声だけが聞こえてきて、こっちは縁者の身振り手振りや表情を想像するしかありません。
 蕎麦をすするときだけ、音を立てる配慮をしたんでしょうか。ラジオが普及する前は、寄席に通う客も多かったのですから、音がなくてもなにをしているのか分かるはずです。
 さらに、普段みんなが音を立てずに蕎麦を食べていたら、ラジオを聞いて「なにやってんだ、汚らしい!」「寄席じゃあ、音なんて立ててねえぞ」「江戸時代はこんな食べ方だったのか? 本当か?」と文句や疑問が出たはず。(出たのかもしれませんけど)あえてそんなことをしたとは思えないんですよ。

 思うに、ラジオが普及して、落語家が少し大袈裟に演じただけなのではないでしょうか。もともと、大袈裟に演じますしね。饅頭を食べるときだって、咀嚼の音を大袈裟にやりますよね。
 三遊亭円窓師匠は、ラジオの普及で蕎麦をすする「音立て」をするようになったというのは嘘だと仰っているそうです。ここ←クリック

 つぎに「手繰る」ですが「手繰る」と「すする」は別のことで、手繰ってすすっていれば、別に矛盾は生じません。
 蕎麦は伸びてしまう前に勢いよく速く食べるものなので、どんどん手で蕎麦を口に送り込むことから「手繰る」と言うようになったのではと愚考します。

 円窓師匠以外の落語家さんたちは、どんな意見をお持ちなんでしょう?
 ラジオが普及する前のことで、そんなに昔ではないのですから、調べれば分かるとは思うのですが……これがなかなか。
 ご存じのかたがおられましたら、ご教示ください。出来れば資料も明示していただければ幸甚です。 
by ashikawa_junichi | 2010-12-08 01:47 | 食べ物 | Comments(6)
Commented by ひじり at 2010-12-08 05:25 x
いや「手繰る」といったのはそばは「すする」とはいわない、という意味でいったんですよ。川柳もそばは「食う」と書いてあるし。

まったく音は立てずに食べたとは思わないけど、江戸時代あんなに大げさな食べ方をしていたとは思えないんだよねぇ。そもそも音を立てて食べる食文化があったとは思えないなぁ。ただし武家と庶民とでは違ったかもしれないけど…。

調べてみたいけど時間がない……ううう。
Commented by 足立区のおじさん at 2010-12-08 07:53 x
それと、ラジオは全国放送だから、寄席に行った事もないし落語を聞いた事もない人も、ラジオで初めて落語に触れた場合も多いでしょう。また、放送でいろんな事を誇張してオモシロおかしくやるのも芸のうちだとやるほうも聞くほうも思っていたのでは?
いろいろとうるさい小林信彦さんは、この件に関してなにも触れてませんが……。
ただ、歌舞伎では、そばは落語みたいにずずずーっと爆音立てて啜りません。

で、「そばを音を立てて啜る」のは、結局、度合いの問題だと思います。落語みたいに爆音立てて啜り混む人って、現実にどれほどいます?音は立てるけど、あんな周囲にツユが飛び散るような勢いで啜り込むと、大変だと思うし、だいいち、粋じゃないですよ。まったくの無音とは言わないけれど、あんな爆音で啜り込むんじゃないと、思います。
具体的な資料を今、明示出来ないのですが……。
Commented by ashikawa_junichi at 2010-12-08 15:11
>ひじりさん
 参照のサイトでは、戦国時代に日本に来たルイス・フロイスが、日本では音を立てて食べる習慣は礼儀正しいことであると記したと書いてありますね。確かめてはいませんけど(^o^;)

 それはともかく、落語の食べ方は誇張した演技で、もちろんあんな風に食べていたとは思っていません。本文にも「大袈裟に演じただけ」と書いてあるはずだと思いますが、言葉足らずだったかもしれません。すみません(^_^;
Commented by ashikawa_junichi at 2010-12-08 15:15
>足立区のおじさん
 仰る通りだと思います!
 すする音は度合いの問題だと思います。
 落語のは誇張した演技だと思いますし、あんな「爆音」は響かせないでしょう。本文にも書いたはずなのですが、言葉足らずで済みません(^_^;

 一昨日「富風」で、落語がきっかけで音を立ててすするようになったのだと、私は聞いたのですが……。すするのは「発明」だとも仰っていたので、驚いたわけです。それまでは無音で食べていたのかと。
 私の誤解だったとしたら申し訳ありませんm(*・´ω`・*)m
Commented by 足立区のおじさん at 2010-12-08 15:55 x
「富風」では、極端な表現をしたかもしれませんし、言葉も足りなかったと思います。
こういう「食事の作法」は、時代や地域や階級で大きく違ってくると思うんですが、江戸時代の庶民、という事で区切っても、今の落語のように爆音を立てて啜り込んでいなかった、と言いたかったのでありまして。
円窓さんの落語はほとんど聞いた事がないのでよく判らないのですけど、歌舞伎(特に有名なのは「直侍」ですけど)でも、全くの無音ではなく(啜り込むのだから、無音は無理ですよね)、しかし、落語のように爆音では啜り上げない、あの爆音は落語の「発明」だと、言いたかったのです。
いろいろすみません。
Commented by ashikawa_junichi at 2010-12-08 16:19
>足立区のおじさん
 いえいえ、こちらこそすみません。
 私も思い違いをしていたようです(^o^;)

 それはともかく、ちょっと愚考したのですが……。
 ラジオの普及以前は、まったく音を立てないで食べていたのだ!と主張するかたがおられたようですね。そうでないと、円窓師匠も反論しないはずです。
 西洋かぶれの人が、日本人はいまでこそ音を立てて食べるが、江戸時代までは音なんてまったく立てずに無音で食べていたのだと主張したかった(あるいは、思い込みたかった)のではないでしょうか。
 いや、まったくの思いつきで、根拠はありませんが。
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