自分史なるもの9(草野球)

 小学校1、2年のときから3年生の終わりまで、近所の空き地で草野球をしていました。
 クラスの友人たちばかりで、指導者で監督のおにいさんがいました。おにいさんは、別にクラスの友だちの兄弟というわけではなくて、たまたまリーダー格の桜井くんと知り合いだったのかなんなのか、趣味で教えてくれていたのです。
 いったい何歳だったのか……いま思い出しても定かではありません。おそらく、十代の終わりか二十代の始めくらいの年齢だったような。
 ともかく、とてもいいおにいさんでした。
 私は、最初はレフトで打順もあとのほう。そのうち、打順は上がっていき、一度キャッチャーをやらされましたが、またレフトに戻され、そして3年の終わりごろには、ついにセカンドで5番か、たまに3番になっていました。
 練習は週に3日(放課後)と土日です。日曜には、たまにほかのチームと対戦しました。おにいさんが試合を申し込んでくれるんですよ。あまりわれわれは強くなかったですが、たまには勝てたように思います。
 野球も面白くなってきて、これからもっと上手くなるぞ! 打順も4番になってやるぞと燃えていたのですが……。

 4年に進級してクラス替えがありました。すると、私とは別のクラスになった桜井くんが、もうあのチームは解散だと言うのです。新しいクラスでチームを組むと……。
 残念でしたが、仕方ありません。桜井くんには逆らえない雰囲気があったのです。あのおにいさんには、このことを言ったのかと問うと、なにも言ってないと言うのですよ。
 ちゃんと断っておいたほうがいいよと言うと、そんな必要はないといった態度です。
 私は、放課後、ひとりで空き地に行きました。
 すると、おにいさんがいて、
「きみひとりか。みんなは、どうしたんだ」
 と訊いてきます。
 私は、事情を話して、すみませんと謝りました。
 すると、おにいさんは、
「しかたないさ。じゃあな」
 と手を振って、去って行ったのです。ほんとにこれだけの言葉でした。あっさりして、拍子抜けしたことを覚えています。
 ひとことの文句もなく、これまで指導したことで恩を着せるわけでもなく……私は、おにいさんの後ろ姿をずっと見送っていました。涙が出ました。
 なぜ、私ひとりだったのか。ほかの友だちを誘わなかったのか……ひょっとしたら、私はチームで浮いていたのかもしれませんね。また、おにいさんと桜井くんと、なにか確執があったのかもしれません。
 いまとなっては、よく分かりませんが……。
 とにかくあのとき、チームが解散したことは伝えなくちゃと思いました。そして謝りたかった。
 それがちゃんと出来たことを、いま私は誇らしく思っています。
 感謝の言葉まで言ったら、さらに誇らしく思いますが……。
 なんとなく、去っていく後ろ姿に「いままで、ありがとうございました」と言ったような記憶があります。そしたら「ああ」と言って手を上げてくれたような。でもこれは、あとで自分で勝手に付け加えた記憶なのかもしれません。

 それからは野球と縁遠くなってしまいました。一度、友人がチームに誘ってくれましたが、そこの指導者は物凄く恐くて怒鳴り散らしてましたし、新しく入ろうとするのを迷惑がっていたのが分かったので、入りませんでした。
 いまから思えば、つづけられなくて残念ですが、3年まで楽しく野球が出来たというだけで、よかったと思うべきでしょう。
 いま、あのおにいさんに会えたら、
「野球を教えてくださって、ありがとうございました」
 と、心から感謝したいです。
by ashikawa_junichi | 2010-12-13 01:45 | 人生 | Comments(0)
<< 雨がしとしと…… 『消された過去』 >>