亡き従兄・久住三郎との邂逅

 本棚から未読の中公新書『百言百話』(矢沢永一)を取り出したら、中に紐付きの栞が。
 この栞、もともと中公新書についていたのか、あるいはわたしがほかで手に入れたものを入れたのか、まったく思い出せません。
 ひまわりの絵が描いてあって、作者の名前が。
 その名前は、なんとわたしの従兄のものでした。絵も見覚えがありました。
 母方の従兄である久住三郎は、13年前に53歳で亡くなっています。彼はクリスチャンだったので、教会での葬式に参列しました。
 ご遺族とは、その場で挨拶したかぎりで、以後は連絡も取り合ってはいません。
 従兄ではあっても、さほど遊んだり話した記憶はないのですが、晩年に個展を開いていたときには会いにいって、お互いに創造する仕事は大変だねとねぎらってもらったことを思い出します。
 久住三郎は、芸大で故平山郁夫氏に師事したあと、ニューヨークに移住して日本画を制作していました。
 名前を検索したところ、ご遺族が作っているホームページがヒットしました。
 死後もずいぶんと顕彰されているようで、従弟であるわたしも、いまさらながら誇らしくなりました。
 彼の絵は都庁や聖路加病院、千葉の金谷美術館などに所蔵されています。
 ホームページはここです。興味あるかたは、覗いてみてください。

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by ashikawa_junichi | 2013-09-18 16:02 | 四方山話 | Comments(2)
Commented by 館 淳一 at 2013-09-18 16:09 x
聖路加は病院内がちょっとした美術館と思えるぐらいいろんな絵が飾ってるんですが、そのなかにあるんですね。今度行ったら探してみましょう。
Commented by ashikawa_junichi at 2013-09-18 17:09
>館淳一さん
 一度もいったことがないのですが、美術館みたいなんですね。
 梟と鷲(鷹かも)と木の絵です。
 そういえば、久住三郎はクリスチャンなので、聖路加と縁があるのでしょうか。
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