カテゴリ:人生( 51 )

10月はたそがれの国 人生の秋は素晴らしい

 やっと涼しくなりましたね。……って、もう10月8日だよ!
 10月はたそがれの国だったはずなのに……。
 いや、やはりたそがれてはいるのかな。
 物寂しくなる季節ですな。うーん、もう大好きなんですよ。
 人生もね、青春や春じゃなくて、夏でもなくて、秋がいちばんいいんじゃないかなあ。落ち着いてね。
 ということは、私はいま人生の秋ですな。いちばんいい時期にいるんだ!
 ……そういう実感はないなあ。
 これから、たくさん楽しいことがあると思うことにしよう♪
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 この画像、拾い物です。問題があったら指摘してください。すぐに削除します。
by ashikawa_junichi | 2012-10-08 16:41 | 人生 | Comments(2)

誕生日だぜ

 7月7日だ。わしの誕生日だ。
 ミクシィやフェイスブックやってると、友人たちに、わしが誕生日だとメッセージがいくので、たくさんのお祝いの言葉をいただいちまったぜ。嬉しいぜ♪ 
 ……ちょっと恥ずかしいけど
 しかし、なんともう59だぜ。あと1年で還暦だぜ。爺ィだろ? まいったぜ。
 とにもかくにも、50代最後の一年を充実させなくては。
 
by ashikawa_junichi | 2012-07-07 15:53 | 人生 | Comments(10)

左右田一平さんに合掌

 俳優の左右田一平さんの逝去を、今日の朝刊で知りました。
 最近では、CMでよく姿を拝見しており、お元気なのだなと思っていました。
 享年81です。
 わたしがもっとも印象に残っているのは『俺は用心棒』の柔術師です。それ以後も、同じような飄々としたタイプの武士を演じておられましたね。
 渋くてよい味の俳優さんでした……。
 ご冥福をお祈りいたします。合掌。


by ashikawa_junichi | 2012-02-16 20:31 | 人生 | Comments(0)

そうか思秋期か!

 作家・安達瑶さんのひとりOさんの日記を読んでいて、そうか!と、膝を打ちました!
 以前からOさんは書いていたのに、読み飛ばしていました(^o^;) ごめんなさいm(*・´ω`・*)m
 以下引用……。

『アラフィフは、完全に更年期障害世代だが、ホルモン・バランスが崩れて感情が不安定になるのは思春期と対になる。後期疾風怒濤期と呼ぶより、「思秋期」と言う方がキレイ。しかし余計に人生が終わりそうで寂しいか。しかし岩崎宏美のこの曲は、今聴いても涙ぐんじゃう名曲だよなあ。』

 わたしが怒りっぽくなっているのも、思秋期のせいなのね!
 ホルモンバランスが崩れて、両手の指は「ヘバーデン結節」になって変形し痛いし……そりゃあ精神も不安定になるわけだ。
 わたしは、アラフィフではなくアラカンですがね
 ……ということは「思冬期」に入るってこと!? 冬眠すれば楽だな。眠いはずだ。目覚めはないのかな……。(最後の行は蛇足)
by ashikawa_junichi | 2011-10-01 15:54 | 人生 | Comments(4)

58 そしてなぜか『月曜日のユカ』

 驚いちゃあいけなえ。今日で58になっちまった!
 まあ、大過なく生きてこられたから、感謝して喜ぶことにしよう! わっはっは♪ヾ(@^▽^@)ノ

 ところで、今日は死線上のはずなんですがね、まだ大丈夫のような気が(^o^;)
 今日の死線は日曜日まで持ち越して……と。
 ごめんなさい、わけのわからんことばかり書いて。

 今日は木曜日ですね。
 木曜日といえば『木曜日のユカ』だ。加賀まりこ……ってのは間違い。それは『月曜日のユカ』!
木曜日のリカ』という小池一夫・松森正の劇画があって、つい混同してしまいます。

 加賀まりこさん、可愛かったですねえ♪


by ashikawa_junichi | 2011-07-07 16:45 | 人生 | Comments(15)

自分史なるもの10(小説家を目指して)

 漫画少年だった時代がありました。

 映画青年だった時代がありました。

 でも、文学青年(あるいは小説青年)だった時代はありませんでした。

 小説は大好きだったのですが、耽溺できなかったんですよね。漫画や映画には耽溺したのに……。
 でも、小説家にはなりたかったんです。小学3年のときから。

 いまは、漫画とも映画とも距離があります。観たくて観てない映画があっても、以前のように、観たくて溜まらずにジリジリしたり、焦ることはありません。
 まずは、小説を書かなくてはなりませんからね。

 少しは、小説家になりたいという目標に近づいたのかな。
 小説家を名乗ってますけど……いや、小説家だといっても、嘘だとはもう言われないとは思いますが、それでも、まだ小説家足り得ていないのではないか、という不安があるんです。

 だから、頑張って書きつづけます。
by ashikawa_junichi | 2011-03-05 03:01 | 人生 | Comments(0)

愚息の高校受験

 14日の夜は気功の会があり、さらに会のあとで「歴史時代小説家クラブ」の会則づくりの手伝いをするはずだったのですが、受験息子の第一志望高校の発表があったので、どうせ落ちるだろうから、第二志望の二校のうち、どちらに行くか相談に乗ってくれと、かみさんに言われて、家にいることに。
 息子が戻ってくるまでは、ひたすら仕事です。

 第一志望校は、私立なのに内申重視の高校で、息子は学力テストの成績はいいけど、内申は低いのです。提出物を出さなかったり、いろいろと問題があるようで。だから内申重視の都立は止めたのに、私立で内申重視の高校を第一志望にするとは……。内申のハンデを得点ではね返さないといけないのです。
 だから、到底駄目かと思っていたら、なんと合格。気功の会へ行こうと思っていたら、お祝い会をやるというので、それに父親が出ないわけには行きません。けっきょく気功は欠席。
 近くの「東京苑」という焼き肉屋へ、家族3人と妹夫婦の総勢5人で行ってきました。高いけど、旨い店です。こんなときでないと、行けません。
 帰ってきてからも、ひたすら仕事。

 しかし、息子は勉強を必死にやってはしてませんでした。本人も、塾でやっていただけで、家では全然しなかったと言ってます。とても勝てない相手に勝った「ジャイアント・キリング」のようだと言ってるくらい。
 これは落ちたほうが今後のためによかったのではないかと思ったりして。ナメてしまうのが怖いです。
 まあ、進学する高校はけっこうハードな受験校だから、ナメていたら痛い目に遭うことでしょう。落ちこぼれないように頑張ってもらいたいものです。

 しかし、私立は金がかかりますなあ……ぼくも頑張って仕事しないといけません。
 子どもがひとりだから、なんとかなりそうですが、二人以上だったら、私立は無理でしょう。

 いまは大学進学のための高校って感じになってますねえ……
 ぼくらは「高校は大学進学のための予備校ではない!」と主張して、学力テストを廃止させたのですよ。懐かしの学園闘争時代です。隔世の感がありますなあ……楽しかったなあ、勉強しなかった高校時代。
 ……そのおかげで、浪人して苦労することになったのですが。
by ashikawa_junichi | 2011-02-15 02:17 | 人生 | Comments(18)

『野風増』へのコメント

 YuTubeの河島英五『野風増』についたコメントにジンときました。
 直接貼りつけると、コメントが読めないので、興味のあるかたは、歌のタイトルをクリックしてください。

 ほかにも『時代おくれ』などのコメントに泣かされます。
 河島英五は、いまもオヤジ世代を励ましつづけています。
by ashikawa_junichi | 2011-01-24 03:24 | 人生 | Comments(2)

息子の将来の夢

 なんとですね、粘菌学者になりたいんだそうです。
 テレビで粘菌を見てから、興味が湧いたそうで。
 単細胞生物なのに、知能があるかのような動きをすると……。
 まあ、何カ月……いや、何日興味が持つかですが(^o^;)

 しかし粘菌と言えば南方熊楠や昭和天皇を思い出しますが、いまやハイテク技術の将来に関わってきそうな気配ですよね。
by ashikawa_junichi | 2011-01-06 16:13 | 人生 | Comments(4)

自分史なるもの9(草野球)

 小学校1、2年のときから3年生の終わりまで、近所の空き地で草野球をしていました。
 クラスの友人たちばかりで、指導者で監督のおにいさんがいました。おにいさんは、別にクラスの友だちの兄弟というわけではなくて、たまたまリーダー格の桜井くんと知り合いだったのかなんなのか、趣味で教えてくれていたのです。
 いったい何歳だったのか……いま思い出しても定かではありません。おそらく、十代の終わりか二十代の始めくらいの年齢だったような。
 ともかく、とてもいいおにいさんでした。
 私は、最初はレフトで打順もあとのほう。そのうち、打順は上がっていき、一度キャッチャーをやらされましたが、またレフトに戻され、そして3年の終わりごろには、ついにセカンドで5番か、たまに3番になっていました。
 練習は週に3日(放課後)と土日です。日曜には、たまにほかのチームと対戦しました。おにいさんが試合を申し込んでくれるんですよ。あまりわれわれは強くなかったですが、たまには勝てたように思います。
 野球も面白くなってきて、これからもっと上手くなるぞ! 打順も4番になってやるぞと燃えていたのですが……。

 4年に進級してクラス替えがありました。すると、私とは別のクラスになった桜井くんが、もうあのチームは解散だと言うのです。新しいクラスでチームを組むと……。
 残念でしたが、仕方ありません。桜井くんには逆らえない雰囲気があったのです。あのおにいさんには、このことを言ったのかと問うと、なにも言ってないと言うのですよ。
 ちゃんと断っておいたほうがいいよと言うと、そんな必要はないといった態度です。
 私は、放課後、ひとりで空き地に行きました。
 すると、おにいさんがいて、
「きみひとりか。みんなは、どうしたんだ」
 と訊いてきます。
 私は、事情を話して、すみませんと謝りました。
 すると、おにいさんは、
「しかたないさ。じゃあな」
 と手を振って、去って行ったのです。ほんとにこれだけの言葉でした。あっさりして、拍子抜けしたことを覚えています。
 ひとことの文句もなく、これまで指導したことで恩を着せるわけでもなく……私は、おにいさんの後ろ姿をずっと見送っていました。涙が出ました。
 なぜ、私ひとりだったのか。ほかの友だちを誘わなかったのか……ひょっとしたら、私はチームで浮いていたのかもしれませんね。また、おにいさんと桜井くんと、なにか確執があったのかもしれません。
 いまとなっては、よく分かりませんが……。
 とにかくあのとき、チームが解散したことは伝えなくちゃと思いました。そして謝りたかった。
 それがちゃんと出来たことを、いま私は誇らしく思っています。
 感謝の言葉まで言ったら、さらに誇らしく思いますが……。
 なんとなく、去っていく後ろ姿に「いままで、ありがとうございました」と言ったような記憶があります。そしたら「ああ」と言って手を上げてくれたような。でもこれは、あとで自分で勝手に付け加えた記憶なのかもしれません。

 それからは野球と縁遠くなってしまいました。一度、友人がチームに誘ってくれましたが、そこの指導者は物凄く恐くて怒鳴り散らしてましたし、新しく入ろうとするのを迷惑がっていたのが分かったので、入りませんでした。
 いまから思えば、つづけられなくて残念ですが、3年まで楽しく野球が出来たというだけで、よかったと思うべきでしょう。
 いま、あのおにいさんに会えたら、
「野球を教えてくださって、ありがとうございました」
 と、心から感謝したいです。
by ashikawa_junichi | 2010-12-13 01:45 | 人生 | Comments(0)